二次体における有理素数の既約性と結婚式の御祝儀
御無沙汰しております。Antiprism改めADEです(長いので名前を変えた)。最近面白い問題を聞いたので久しぶりにブログを書きたいと思います。前の記事の問題の答え? 知らん
発端は次のツイートでした:
結婚式のご祝儀はいくら包めば良いのか? 悩ましい問題ですよね。マナーの本には、素数である30,011円や30,013円が良いと書かれています。しかし、このうち30,013円は、なんと123+122iで割り切れてしまいます! 結婚する二人が別れることがないように、ガウス素数である30,011円を包みましょう。
— kusanoさん@がんばらない (@kusano_k) 2018年9月16日
これに対してZassyさんが以下のような問題を提起されました:
あるいは、ノルムユークリッド体は21個しか存在しないので、これらすべての整数環において既約となる素数が存在するか、存在するならば最小のものがいくつかという問題にも興味があるな。
— ZassyA (@Zassy_A) 2018年9月16日
この問題を否定的に解決できたので証明を書きたいと思います。
以下の定理を証明します:
定理 21個あるノルムユークリッド二次体の全てにおいて既約であるような有理素数は存在しない
まず準備として、幾つか用語を定義します:
定義1 $d\in\mathbb{Z}$に対して、
とする。
※21個のノルムユークリッド二次体は$X[d],\ d\in\{−11, −7, −3, −2, −1, 2, 3, 5, 6, 7, 11, 13, 17, 19, 21, 29, 33, 37, 41, 57, 73\}$と表せる。
定義2 $d\in\mathbb Z$に対して、2次の多項式$f_d(x)$を
と定義する。$X[d]=\mathbb Z[x]/f_d(x)$であることに注意。
次に、有理素数の既約性を平方剰余に結びつける補題を用意します:
補題 有理素数$p>2$が$X[d]$上で既約であることと、$d$が$p$を法として平方剰余でないこととは同値である。
証明 $X[d]$上で$p$が既約であるとき、商環$X[d]/(p)$は整域となる。$X[d]=\mathbb Z[x]/f_d(x)$より、
も整域となる。これは、$\mathbb F_p$上で$f_d(x)$が既約であることを示している。
$f_d(x)$が$\mathbb F_p$上可約$\iff f_d(x)$が$\mathbb F_p$上に根を持つ に注意する($f_d(x)$は二次式だから)と、
$d\not\equiv1\mod4$のとき、$\exists k\in\mathbb F_p,\quad f_d(k)\equiv0\mod p\iff k^2\equiv d\mod p$より、命題が成り立つ。
$d\equiv1\mod4$のときは、$f_d(k)\equiv0\mod p\iff (2k-1)^2\equiv d\mod p$となるが、
$(2k-1)^2\equiv d\iff (p-2k+1)^2\equiv d$であり、$2k-1$が全ての奇数を亘るとき$p-2k+1$は全ての偶数を亘る($p$は奇素数であることに注意)のでやはり命題は成り立つ。
※この補題周辺の議論はカステラさん(@graws188390)に教えていただきました。ありがとうございます。
最初の定理を示すためには、より強い次の主張を示せば十分である:
主張 $\mathbb Z[\sqrt{-1}]$, $\mathbb Z[\sqrt{-2}]$, $\mathbb Z[\sqrt2]$の全てにおいて既約となる有理素数は存在しない。
証明 ある有理素数$p$が上の3つの整数環全てにおいて既約であると仮定する。$2=(1+\sqrt{1})(1-\sqrt{-1})=-(\sqrt{-2})^2=(\sqrt2)^2$より、$p\ge3$としてよい。上の補題より、平方剰余に関して
が必要である。一方、$p$は$-1,-2,2$のいずれとも互いに素であるので、平方剰余に関する因数分解則
が成り立つ。この二つは明らかに矛盾している。
この主張によって特に、21個のノルムユークリッド二次体の全てにおいて既約となる有理素数が存在しないことが言えたわけですが、ならば最大で21個のうち何個の二次体で既約となる有理素数が存在するかが気になるところです。上の証明では$(-1)\cdot(-2)=2$という関係しか使っていないので、同様の議論で一般に$X[a],X[b],X[ab]$の全てにおいて規約となるような有理素数が存在しないことが言えます。ここでノルムユークリッド二次体を特徴付ける整数のリスト$L=\{−11, −7, −3, −2, −1, 2, 3, 5, 6, 7, 11, 13, 17, 19, 21, 29, 33, 37, 41, 57, 73\}$を眺めると、まず$\{-7, -3, -2, -1, 2, 3, 7\}\subset L$より、$-1$がかなりの悪さをしていることがわかります。そこで$-1$を$L$から削除することにします。次に$\{3, 2, 6, 7, 21, 11, 33, 19, 57\}\subset L$より、$3$も削除します。これにより、
を許容したことになります。
最後に、$(-1)\cdot3=-3$と$\{-3, -2, 6\}\subset L$より、$-3$を削除してできる18個の$d$のリスト$L'=\{−11, −7, −2, 2, 5, 6, 7, 11, 13, 17, 19, 21, 29, 33, 37, 41, 57, 73\}$が、上記の主張により制限を受けない最大のリストの候補です。
実際にコンピュータで計算してみると、上の18個の全ての$d$に対して$X[d]$上既約となるような有理素数は確かに存在して、小さい方から
7213, 224677, 244837, 548533, 559093, 585877, 607813, 870253, 988357, ……
となります。
さてここで、もともとなぜ二次体で既約な有理素数を探していたのかを思い出してみましょう。それは、結婚式の御祝儀の額として相応しい、なるべく"割れない"整数を求めてのことでした。一般的に御祝儀の相場は三万円前後とされていて、上の計算結果で最も30,000に近いのは7213です。つまり、
結婚式の御祝儀として最も相応しいのは7213円なのです。小銭の枚数もそんなに多くないのでそういう意味でも優秀ですね。なんだか安すぎて殴られそうな金額ですが、それを逆用して嫌いな奴への手切れ金として御祝儀に包むのもアリだと思います。勿論、俺が結婚するときは遠慮なく224677円包んでください。小銭たっぷりの585877円でも全く構いません。
結論が出たところで、ではまたどこかの空間上でお会いしましょう。